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小3の国語の授業。先生が「分からない言葉に出会ったらすぐ辞典で調べる習慣をつけましょう」と言ったのを覚えている。なるほどと思った。 高校の英語の授業。先生が「電子辞書より紙の辞書で調べた単語の方が忘れにくい」と言ったのを覚えている。それはどうだろうと思った。 三島由紀夫は辞書を何度も通読していたらしい。知らない単語を調べるためではなく、語彙を増やすための積極的な辞書の活用。曰く、小説家になるためには辞書を読み込むことが大事なのだそうだ。
僕はというと、最後に紙の辞書を開いたのがいつだったか思い出せない。電子辞書も電池が切れたまま長らく触っていない。ネットの検索機能がそれらに取って代わってしまったからである。 ミシマのように先手を打って貪欲に語彙力をつける運用こそできないが、スマホによって、知らない言葉へのアクセスは専用の図書やデバイスが必要だった時代より格段に良くなった。真贋を精査しないでもいいような情報については、何かを「知りたい」という感情が生まれてから「知った」状態になるまで、ほんの一瞬である。
それなのに。 世の中のおじさんたちってなんか、「スマホですぐ調べる」をしなくないですか。いやまあ僕も齢36で全然おじさんなんだけど、この傾向は僕より5つ以上年上、小中学校で情報の授業を受けなかった世代に特に顕著だと思う。知らない単語を知らないままにしたり、いや今この場でスマホ触れば即分かるだろ、みたいな話を「なんでだろうなあ」「もしかして」みたいな仮定で進めて「やっぱわかんないなあ」で終わっていたりする。 調べましょう。 「分からない言葉に出会ったらすぐにインターネットで調べる習慣をつけましょう」である。日本のスマホの普及率は今や90%を超えているらしい。インターネットに繋がってないスマホなんてほぼない。意味ないから。ということは、ざっくり10人中9人の日本人が即座にネットで調べ物ができる環境下にいるわけだ。そう聞くとほらやっぱり調べられるじゃん、調べればいいじゃん、スマホ持ってんだから。なんて思ってしまうんだけど、でもなんか、どうやらそんな簡単な話ではないようで。
ついこの間、40代半ば〜60代のおじさん、ないしおじいさんたちから立て続けに各々のスマホを貸してもらう機会があり、この、“おじさんすぐ検索しない問題”についていくつかの知見を得ることができた。 なお今回サンプルを集めたのがおじさんやおじいさんからだっただけなので、当然ながらおばさん、おばあさん、年齢性別関係なくネットやスマートフォンの扱いに疎い人々すべてにこのような傾向が当てはまるであろうことはご留意されたい。 以下本題。
これ。もうこれ。すぐに検索をしないおじさんたちのスマホは軒並み挙動が怪しい。 アプリのアイコンをタップしてから毎度0.5秒くらいのラグがある。ホーム画面の左右切り替えが実家の襖の速度。変換候補に全くやる気がみられない。あとこの、なんかツールバー? みたいなのは何ですか? アプリ? 広告? えっ広告? なんでホームに広告が出てるんだよ! 「my daizの有効化」みたいなやつに貴重なホームの一画面全部を占領されていたりもした。無効状態なのになんでそんな場所取ってんだ。人間誰しも挙動のおかしいデバイスなんて触りたくない。ストレスだから。こうしておじさんのたちの意識からインターネットが遠ざかっていく。
なんか画面を連打してんなあと思ったらLINEをやってる。LINEはできるんですね。スマホの挙動が悪いからフリック入力がやりづらいのか、ガラケーの入力形式が体に染み付いてしまっているのか。もしくは、確かにフリック入力はしているけど一文字ずつが異様に遅いというパターン。その指で剛弓を引き絞っているのか? スマホの挙動のせいで検索機能に辿り着くまでに時間がかかり、フリック難のせいで検索窓への文字入力に時間がかかる。人間誰しも時間がかかる行為は面倒くさい。インターネットが遠ざかる。
4.にも繋がるが、スマホ(検索)に疎い人=国語自体が苦手な人、という側面があるように思う。知りたい言葉や質問に最短でアプローチできていないパターン。たとえば電車の発着時間を調べるのに、極論“〇〇駅から××駅”だけでいいのに路線の名前や現在時刻まで打ち込もうとしたり。入力文字数が多いとそもそも面倒だし、検索ワードが見当違いだと当然結果も見当違いになる。検索しても結果に期待が持てない。そりゃあインターネットが遠ざかる。
俺ぁ本も新聞も読まねえ、とにかく長え文章は読みたくねえ。世の中にはそんな人間もたくさん居る。最低限何かを知ろうとするときもHOWTO系のYouTubeで済ませる。そういう人種がスマホを持っているとして、わざわざその場で何かを検索して新しい知識を得ようと思うだろうか。いいえ。言葉で検索するんだから結果も言葉や文章で返ってくるのだ。読まないものをわざわざ検索しない。 あとは、これはもう身も蓋もないんだけど、知識欲がそんなに高くないというケース。別に知らなくてもいいから調べない。おわり。
ネット由来の情報の玉石混交具合に辟易し、「ネットはガセ多し」という先入観を持った人が陥るパターン。 「専門的な知識を深めるならネットに転がってる情報より専門書籍を一冊通読した方が良い」っていうのはまあたぶんその通りなんだけど、なんかその定型文を免罪符みたいにして何も調べようとしないのは違うというか、たとえ情報としては浅くても誤りでない限りそれは知識じゃん。あといま議題になってんのはそんな専門知識でもないし、とか。ファクトチェックにリソースを割きたくない? それも含めて知識を深める営みじゃん。
というわけでざっくり5つの類型を挙げたが、これらに共通する要素として、なんというか、即検索をしない人々はいわゆるネットに親しんでいる人々と比べてとにかくインターネットまでの距離が“遠い”のだった。 ただこれは純粋な怠惰に起因しているのではなく、デバイスのスペックだったり本人の挙動だったり、もしくはそれら複数の要因が重なって隔たりが深まり、心理的な障壁を作り出してしまっているケースが多いように思える。 じゃあこのような「検索しない人」たちに対して「検索できる人」、「スマホを持って検索するまでに何の障壁も感じない人」から何か働きかけができるかと言ったら、残念ながらこれという有効打はない。彼らはもう、それでいいと思っているから。 たぶん、これがそのまま情報格差になってしまっていて、そしてその差はこれからもっと広がっていくのだろう。
日常的に検索とその結果に触れることは情報の真偽の確認や取捨選択を常に強いられるということだ。日々嘘情報の砂袋を殴って拳を固くしておかないと、いわゆる陰謀論だったりスピリチュアルな世界だったりに取り込まれやすくなってしまう。日本だともう、facebookもthreadsも酷いありさまじゃないですか。とりあえず𝕏はまだユーザー人口が多いから、わけわかんないこと言ってる人にちゃんと横槍が入っている感じだけど。入れられてる側にそれが効いてるかどうかは別として。
結論として我々にできるのは、調べればすぐわかるような事柄で身近なおじさんが揉めていたら、サッと検索して横から助言してあげる、みたいなことくらい。それ調べたらすぐですよ、と憎まれ口を叩いてもいい。なんで今自分で調べないんだよと思うかもしれないけど、まあもう、そういうものだから。
願わくばこの記事が「おじさん 検索しない なぜ」の検索トップに現れることを祈る。どうですか。ここまで読んで、ネット音痴のおじさんたちに今後はちょっと優しくしようと思えましたか。
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